黒い塊

冷たい空気を感じた。うっすら目を開けると外は明るくなっていた。
(今何時だろう…?)
時計を見ようと体を起こすと隣に黒い塊が見えた。
まず距離をとり、確認をするんだ…。そう決めたにも拘らず、行動する前に塊に捕らえられた。
「そんな真剣な顔をして…どうしたんだ?」

塊…イーサン・ハントは楽しそうに笑っている。朝からこの男はまったく……。
「そっちこそどうしたんだ?ピッキングか?」
不機嫌そうな僕の問いかけに、彼は軽く笑って「そうだよ」とだけ答えた。
「僕が家にいるのわかってたんだろ。わざわざピッキングなんて面倒な」
「ここのはピッキングの内に入らないよ」
「そういうことじゃなくて!」
彼はよくピッキングで僕の家に入る。正直、さっきの問答なんて何回したかわからないほどだ。
「全然気が付かなかった…」
今回の彼の任務はもっと長くなりそうだったから油断していた。
「用心が足りてないよ?」
「うるさい」
「まあそう怒るなって」
「……いつ頃来たんだ?」
「3時位かな」
「まったく…。あ、今何時?」
「5時半過ぎ」
「早起きしすぎたな…」
「今日は休みなのかい?」
「ああ」
他愛ない会話。数ヵ月ぶりの会話。僕が待ち望んでいた瞬間。
でも素直には喜べなかった。彼の腕や顔には痛々しい傷がまだ残っていたから。僕の視線に気づいた彼は何も言わなかった。何も言わずにただ僕を抱き締めた。
「心配した」「うん」「今回のは大変だったみたいだな」「まあね。でも意外と早かっただろう?」「ああ」「ただいま、ウィル」「不法侵入だろ」「はは…」「まったく…」

彼が帰って来ない数ヵ月間考えていたことがある。彼が帰ってきますようにという願いも込めて考えていたことがある。
「まあ次からは不法侵入とは言わないよ」
彼が帰って来たら。
「本当?ありがとう」
そういうことじゃなくて。
「外に出てくるよ。君はもう少し寝てて」
「そうする」
「ああ…あとこれ持ってていいから。外出するときちゃんとかけといて」
「え…ウィル…これ」
「なくてもどうせ入ってくるんだろ?それならあった方がいいんじゃないか?」
「うん…ありがとう、ウィル」
「おかえり、イーサン」