Push and pull

数ある連絡先の中から適当に何人か選んで、そいつらと飲みに行った。誰かひっかけてもいいかな、俺にも、他の奴にも恋人らしい恋人はいなかったから。別に恋人じゃなくてもいいんだけどさ。

俺たちはめちゃくちゃ飲んで、酔っぱらってた。このメンバーは最高だからまた誘おう。とりとめのない会話、俺の軽いマジック、すげえなってバカみたいに笑ってた。酒が回って呂律は回らなくて、そろそろ帰ろうかと思ったら声かけてきた奴がいた。
「さっきの…マジック凄いな」
「なんだ?見てたのか?」
「目に入ったんだよ」
こいつ髭面で俺と同年代なのに信じられないくらい瞳をきらっきらさせて俺を見るんだ。マジックよりそれに驚いたしもっと見たいと思った。酔って俺馬鹿になってたんだろうな。もう帰るという仲間に適当な返事をしてもっと見たいか?って訊いたらいい返事が返ってきた。酒を飲みながらマジックを披露してやった。一つ見せると驚く。次を見せるとまた驚く。
「魔法みたいだなあ」
「種明かししてやろうか?」
「そうだな…いや、やめてくれ」
「これはトランプを…」
「やめろって!」
素直で面白い奴だった。出会って一時間ちょっと、ちょっとした好意を抱くのには十分な時間だと思う。何しろ俺は酔ってたし、俺ほどじゃないにしてもこの素直なバスケスという男も酔ってた、きっとな。

そういう目的は忘れてたはずなのに気づいたらキスしてたし連絡先を交換してたし何なら次会う日も決めてた。俺は飲みすぎてたから記憶が曖昧になってて、夢かもと思いながら目を覚ますと携帯に”Vasquez”って名前。俺は自分の家には帰ってこれたけどベッドまでは無理だったようで、床から身を起こすと体が痛い。水飲もうと思ってキッチンに行くとテーブルにメモがあって、“次の金曜日に。お大事にな、飲みすぎんなよ!”。一人じゃ家にも帰れなかったって?

金曜日、俺たちは焼肉に行った。デートにしちゃ色気がないが、『何食いたい?』『肉食いたい』だったししょうがねえだろ?生憎俺たちは金欠だったんだよ。
それから何時間も一緒にいた。こいつといると話が尽きない。ふざけた話も真面目な話もした。なんでも話してくるから俺も何でも話してしまう。
金曜日の夜、俺の家でセックスした。なんとなくいい雰囲気になったから。そのまま誘ったら乗ってきた。相性はよかった。かなり良かった。酔ってもないのに俺はまた覚えてない。こいつの体の感触、匂い、それが好きだってのはわかるのにどんなだったか曖昧なんだ。バスケスは朝飯を俺の家で食べて帰った。また次会う約束をした。金曜日だ。ベッドシーツの匂いで、あいつこんな香りだったんだななんて思った。

金曜日。俺はこいつがどんなか覚えてようと思ってセックスした。そしたら思わず没頭しちまって怖がらせた。バスケスは朝になるとさっさと帰る。それを見送ってふと、俺はこの関係に名前を付けたくなった。いくつか案を出したが、早い話俺はバスケスと恋人になってしまいたかった。次の金曜日に訊いてみよう。

訊いてみると案外すんなりと行ってしまった。恋人になった。何となくセックスしたくなって誘ったらまた乗ってきた。お互い快楽には弱いようだし、俺はこいつの体が好きだからな。もちろん中身も。こいつもそう思ってくれてるといいんだけど。