結晶

朝。デスクに来てみると、隣の席に見慣れないものがあった。デスクの持ち主であるバスケスになんだこれは?と聞きたくなるのは当然だろう。
目の覚めるようなオレンジ色の結晶が置いてあったからだ。
「バスケスこれどうした?」
「まあなんだ、俺の癒しみたいなもんだよ」
「にしては派手すぎねえか?」
「まあこれが落ち着くんだよ。育ててたら愛着湧いてさ」
正直こいつ何言ってるの?という印象だった。昔から何かを育てることに責任を持つのが下手で、飽き性で、しょっちゅう植物を枯らしていた(今もそう)俺には到底理解できなかった。ただこいつが言うならまあいいのかもな、とも思った。

色が色だけに目につくから、俺も少し愛着が湧いてきたかなというころ、結晶に異変が起きた。

朝見てみると結晶が欠けていた。少しであればわかるが、大きく欠けていた。なにをどうしたらこうなるのか、バスケス自身も心当たりがなく、他の奴らも知らないようだ。バスケスは一度結晶を家に持って帰った。寂しい気もするが、それがいいだろう。

異変からしばらく後。バスケスが瓶を見せてきた。中には結晶と同じくらい派手なオレンジ色をした金平糖が入っていた。
「え…なにこれ…」
「わかんねえ、朝見たら結晶の周りに落ちてた」
「もしかして食った?」
「…舐める程度に」
「どうだった美味かったか?」
「すげえおかしいんだよこれ、下手なクスリでも入ってんじゃねえかと思って」
「ドラッグっぽいのか?調べてやるよ」
「頼んだ」

調べてみたが、どこからどう見ても普通の金平糖だ。バスケスにそれを言うと、なぜか俺も食うことになった。バスケスの前でトリップなんてしたくねえな…と思いつつ好奇心に負けて誘いに乗った。何かあってもいけないということで、会場はバスケスの住むアパートになった。
部屋に入ると、結晶が目についた。欠けた部分はほとんど元通りになっていた。これからクスリ(のようなもの)をやると思うと落ち着かなかったが、なんとか収めた。

端的に言うとあまり覚えていない。味はレモン味だった。食べた瞬間、心臓がバクバク言って、息が切れて、顔に血が集まって、体が熱くなって、ぶわっと毛穴が開いた感じがして、なのに冷や汗をかいていて、それがしばらく続いておさまるときには、なんだかふわふわとした心地がするのだ。しかも金平糖が口からなくなるまでの間に完了する。おかしかった。最中、バスケスに名前を呼ばれていたような気がする。俺はあいつの方をなんとか向けていたはずだ。そして俺はその瞬間結晶が欠けるのを目撃した。

「おい、おいファラデー大丈夫か」
「んん…大丈夫だ…、お前よくこんなの一人で食って平気だったな」
「効果が短いからな。バッドではなかっただろ」
「まあな」
この瞬間にも結晶はどんどん欠けていく。小さな欠片がどんどん落ちていく。だが俺はこの感覚にとらわれすぎていて、そのことをバスケスに言うことはなかった。顔を伏せ、うんうん唸って、俺は適切な言葉を見つけた。
「恋だな」
「はぁ?」
「ほら、若い時にするようなああいうやつだよ、、あれに似てるんじゃないか」
「お前何言ってんだ…」
ごと。と音がしたので見ると、また結晶が大きく欠けて、金平糖ができていた。必然的にバスケスの顔も見るようになる。顔が真っ赤で、呼吸が荒くて、怒ってるわけじゃなくて、困惑と焦りの色が見えた。ついでに瞳孔も開いている。湯気がでるんじゃないのかっていうくらいだった。
「お前どうした真っ赤じゃねえか、」
まるでさっきの俺みたいだな。とは続けられなかった。結晶が割れてしまった。たくさんの金平糖になってしまった。バスケスは汗を滅茶苦茶にかいていて、茹で上がっていた。

 

 

俺はきっと鈍かった。せっかく育てた結晶が「好き」を隠すことに耐えきれなかったのだから。