あつい唇 - 1/2

俺は美容室で働いてる。自分で言うのも難だが、手先が器用だし割と向いてると思う…と、お客がきた。
「おおエマか!久しぶりだな」
「久しぶり、相変わらず元気そうで何より…」 エマは常連客。きつめにウェーブのかかった綺麗な栗毛がよく似合う美人だ。彼女がここに来る理由は一つ、旦那とのデート。しかし今日はどうも様子がおかしい。
「おいエマ、今日はデートじゃねえのかよ?」
「まあ…そうなんだけど」
「どうした?なんか心配事でもあんのか?」
「口」
「口?」
「唇が腫れちゃって、痛くて…」
「はぁ…言われたらまあ…腫れてるかもしれねえけど」
「友達がね…デートって言ったら無理矢理…」
「む…無理矢理…」
「塗ってきたのよこれを!!!!」
「うおっ!」
エマは急に動くし俺は驚くし。髪の毛は無事だから安心した。
「なんだこれ」
「リップインジェクション」
「何?これ化粧品かよ、腫れるのに?」
「わざと腫れさせるのよ、軽くね。ただこれ私合わなくて唇すごく痛くなっちゃって」
「ははーん…」
「それ以上は考えるんじゃないのよ」
「あいよ」

それから俺は手を動かしつつエマと話し(旦那の惚気だ)、やがてセットを終えた。
「ありがとう」
「おうこちらこそ、旦那によろしくな」
エマはそのまま去るかと思われたが、いたずらっぽい笑みを浮かべて動かない。
「どうした」
「さっきのあなたにあげるわ」
「は?俺使わねえのに」
「私は一生使わないわよ、まあ誰かにあげればいいじゃないよろしく」
早口に言うとエマは去ってしまった。確実に押し付けられた。
「…」
どうしようこれ…。